「ロマ科研」について

研究の目的

基盤研究B「シンティ・ロマの迫害と「反ツィガニズム」に関する歴史学的研究」(2013~2016年度)(通称「ロマ科研」)の目的は、かつてドイツ語圏で「ツィゴイナー」(ジプシー)と呼ばれ、現在ではシンティ・ロマと呼ばれる民族的少数派に対する迫害の実態と論理を解明することにある。ここでは、近代ヨーロッパの多数派社会に広く見られた「反ツィガニズム」(反ジプシー主義)が、なぜナチ支配下のドイツで彼らに対する絶滅政策に帰着したのか、それは同時期に進行したユダヤ人虐殺(ホロコースト)といかなる関係にあったのかが問われる。ドイツだけでなく、オーストリア、スイスの動きを視野に収めるとともに、第二次世界大戦後も看取される「反ツィガニズム」の動向と、その克服をめざす取り組みにも分析の光をあてる。

課題

【A】時系列的分析

1. ドイツ帝国の成立期は、ルーマニアの「ツィゴイナー」が奴隷身分から解放された直後にあたる。ドイツ帝国領内に多数の「ツィゴイナー」が流入した事態をドイツの各領邦はどのように認識し、いかに対応したのだろうか。ここでは、プロイセン邦とバイエルン邦を例にとって、ローカルレヴェルで実践されたツィゴイナー政策の差異と共通点を解明する。あわせてロシアのポグロムを逃れて流入した「東方ユダヤ人」への対応との違いを明らかする。同時期に同じ問題に直面したオーストリア=ハンガリーとスイスの動きを検討し、ドイツの特徴を析出する。

2. ヴァイマル期は、法の前の平等を定めた自由主義的な憲法にもかかわらず、「ツィゴイナー」への圧迫は深刻化した。ここでは、第一次世界大戦がドイツのツィゴイナー政策に及ぼした影響を見極めながら、他州・隣国の模範となったバイエルン州の「反ツィゴイナー法」(1926 年)の制定過程とその影響を検証する。「ツィゴイナー」の反社会性を強調するこの時期のドイツの動きをオーストリア、スイスの動きと比較した上で、それがナチ期のドイツへいかに繋がるかを検討する。

3.ナチ体制の成立は、「ツィゴイナー」の生存条件に重大な帰結をもたらした。ここでは、「純血ツィゴイナー」を除くすべての「ツィゴイナー」が絶滅対象となった経緯を、ユダヤ人政策の展開と比較しつつ、またそれとの関連性を問いながら解明する。あわせてナチ体制が及ぼしたオーストリアとスイスのツィゴイナー政策への影響を検証する。

4.第二次世界大戦後も彼らに対する多数派社会の偏見と差別意識は残存した。ここでは、ツィゴイナー政策の連続・非連続を論究した上で、ナチ犯罪の被害者に対する補償政策や、犠牲者の追悼をめぐる記憶政策に看取される反ツィガニズムの影響を、ユダヤ人被害者の 場合を視野にいれて解明する。あわせて反ツィガニズムの克服を求める被害者団体の働きかけと世論の変化を解析する。


【B】反ツィガニズムの内容分析

1.ドイツでは啓蒙期に「ツィゴイナーを教育し、市民となすべきか」という議論が行われている。プロイセンの高級官吏で、ユダヤ人解放論者として知られるヴィルヘルム・フォン・ドームが先鞭をつけたこの議論が、急速な工業化・都市化を遂げる19世紀半ば以降のドイツでいかに展開したかを追跡し、市民社会から見る「ツィゴイナー問題」の位相の変化を、「ユダヤ人問題」の位相の変化と対比しながら検討する。

2.近代国民国家は、そこに包摂されるべき成員と枠外におかれるべき者の選別を促した。国内の「ツィゴイナー」に対する定住・同化圧力は第二帝政期に強化されたが、外国籍・無国籍の「ツィゴイナー」には厳しい追放措置がとられた。この二方向の措置はヴァイマル期まで変わらなかった。ここでは、これを正当化した多数派社会と国家の論理を、治安と公共福祉の観点から検証する。

3.列強の植民地支配を背景に誕生したレイシズムは、19 世紀後半のドイツで社会的な浸透力を発揮した。それは、これまで生活様式・習俗・言語・生業などの違いから「反社会的な異邦人」と見なされてきた「ツィゴイナー」が、多数派とは異なる独自の「種」に位置づけられる契機となった。ここでは、レイシズムが反ツィガニズムに及ぼした影響を、反ユダヤ主義に及ぼした影響と比較しながら検討する。

4.19 世紀に成立した近代諸科学は国民国家の再編・強化に寄与した。例えば人類遺伝学と結合したドイツの優生学(人種衛生学)は、ナチ期にドイツの国家的原理となり、国家が国民の健康生活を管理し、身体と生命のあり方に介入する生政治に道を拓いた。ここでは、優生学、遺伝学、医学、民族学、人口学など近代諸科学の専門家が「ツィゴイナー問題」の「解決」に向けていかに関与したかを明らかにする。

 

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