IGSについて

ジェノサイドとは

ジェノサイドとは、古代ギリシャ語で種を表すgenosと、ラテン語に由来し殺害を意味するcideを組み合わせた造語で、一般に「集団殺害罪」と訳される。それは、公人であれ私人であれ、犯した個人の刑事責任が問われる国際法上の重大犯罪である。ジェノサイドという概念を初めて用いたのは、ポーランド出身のユダヤ人法学者ラファエロ・レムキンで、ナチ・ドイツの暴力支配を告発した著書『占領下ヨーロッパにおける枢軸国支配』(1944年)のなかで提起した。その後、1948年の国連総会で採択された「集団殺害罪の予防と処罰に関する条約」(ジェノサイド条約)によって法的な定義が与えられ、この定義は2002年に発効した国際刑事裁判所(ICC)のローマ規程にも引き継がれている。

国際法上の定義は、ジェノサイドを「国民的、民族的、人種的または宗教的な集団の全部または一部を集団それ自体として破壊する意図をもって行われる」行為と定め、具体的には、集団の構成員の殺害のほか、集団の構成員に重大な肉体的または精神的な危害を加えること、集団の全部または一部の身体的破壊をもたらすことを意図した生活条件を故意に集団に課すこと、集団内の出生を妨げることを意図した措置を課すこと、集団の子どもを他の集団に強制的に移すことを挙げている(本サイトの研究ガイドを参照)。

こうした国際法上の定義(=「狭義のジェノサイド」)は、国際裁判の法的根拠とされたり、各国が国内刑法にジェノサイド罪を設ける際の基準として参照されるなど、幅広く受け入れられているが、他方でジェノサイドと見られる現象のなかには、この定義には収まらない事例があることも指摘されている。例えば、カンボジアの「都市住民」(新住民)やスターリン体制下の「クラーク」(富農)のような社会的集団、あるいは同じくスターリン体制下の「人民の敵」や中国文化大革命下の「走資派」のような政治的集団、またナチ体制下で「反社会的分子」と呼ばれた集団に対する迫害や虐殺のように、国際法が定める4つの集団以外の集団を対象とする事例が存在する。これに加えて、ジェノサイドの対象となるのは必ずしも所与の集団ではなく、しばしばジェノサイドの実行者が恣意的に定義し、つくり出した範疇の集団が標的となることにも留意しなければならない。

また、ジェノサイドに当たる行為についても、民族浄化(強制移住)や、子どもの強制移送、国民言語の使用禁止、歴史的・宗教的記念碑や文化財の破壊等を通じた「文化的ジェノサイド」など、国際法上の定義をこえるものの、ジェノサイドと密接に関わるものが存在する。

IGSではこうした「広義のジェノサイド」とも呼べる現象も含めて、ジェノサイドの究明に取り組んでいる。

課題と体制

近現代の世界は、帝国主義列強による先住民虐殺、オスマン帝国でのアルメニア人虐殺、第二次世界大戦下ヨーロッパでのユダヤ人虐殺・ロマ人虐殺、旧ソ連・モンゴル・中国・カンボジアなど社会主義体制下での政治的暴力、独立後のアフリカ諸国での民族虐殺など、数多くのジェノサイドを経験してきた。

IGSは、このように「文明と民主主義」の時代と言われる近代、とくに20世紀になってジェノサイドやそれに類する現象が世界各地で生起している原因の究明をめざしている。とくに国民国家、レイシズム(人種主義)、優生学など、「近代」の懐から生じた新たな包摂と選別・排除の論理とダイナミズムがジェノサイドの発生といかに関連しているかに着目し、ジェノサイドを背景要因の解明、実態究明、事後の社会再建の方策の探求、予防システムの構築の4つの観点から追究している。

(1)ジェノサイドの背景要因

ジェノサイドの政治的・経済的・社会的な背景要因を、国民国家の形成と民族自決、近代諸科学と「生命政治」(bio-politics)の発展、全体主義体制と司法の役割、植民地支配とその遺制、近代における戦争の変容、国際システムの機能の諸点についてマクロ・レヴェルで比較分析する。

(2)ジェノサイドの実態究明

ジェノサイドのミクロ・レヴェルの実態を、ジェノサイドを引き起こすイデオロギーと敵集団のせん滅を求める言説・表象、権力者が動員するアイデンティティ・ポリティクス、ジェノサイド実行の動因とメカニズム、受益者ネットワーク、被害・加害関係の置換性や重層性などについて解明し、近代世界で頻発するジェノサイド的現象の普遍的および個別的な特質を解明する。

(3)ジェノサイド後の社会再建

カンボジアやルワンダ、旧ユーゴスラヴィアなどジェノサイドを経験した国や地域でいかに平和を達成し、公正な社会を再建すべきかについて、ヨーロッパと北米での先例の検証も進めつつ、ジェノサイド後の国民・民族和解、市民社会の育成、反ジェノサイド教育、被害者支援とメンタルケア、開発復興援助とNGOの役割を分析する。

(4)予防システムの構築

ジェノサイドが起きうる危険性を的確に把握し、その拡大の阻止や解消を可能にするために、ジェノサイド予防に関する国連の制度形成、国際刑事裁判所(ICC)やアド・ホックな国際法廷、混合法廷などを通じた移行期正義、紛争・ジェノサイド・難民化の相関関係、関係国の動向と国際社会の反応などを検証し、早期警戒・再発防止・中長期的予防を含む包括的なジェノサイド予防システムを考案する。また、そのための重要な基礎として、個別事例に関する研究を総合的に検討し、多様なジェノサイドの事例に応用可能な理論的枠組の形成に取り組む。

これらの課題について、歴史学(西洋史・東洋史・日本史)、地域研究、文化人類学、社会学、国際政治、人間の安全保障学の各分野の研究者と実務家を糾合して、学際的・学融合的な研究にあたっている。

*IGSは科学研究費補助金・基盤研究A「近代世界におけるジェノサイド的現象に
関する 歴史学的研究」(2009~2012年度)の助成に基づいて研究を行っています。

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