第5回CGSワークショップ
「グアテマラにおける和平協定後の社会再編過程」

日程・会場他

・日時: 2004年5月29日(土) 14:30−17:30
・場所: 東京大学・駒場キャンパス学際交流棟 3F 学際交流ホール

プログラム

◇挨拶: 石田勇治(東京大学)
◇司会: 中村雄祐(東京大学)
■報告@: 狐崎知己(専修大学)「和平協定後のグアテマラ」
■報告A: 饗場和彦(徳島大学)「和平プロセスは進んでいるのか−現地における04年3月のインタ ビューから」
■報告B: 久松佳彰(東洋大学)「キチェ県における小学校二言語教育プロジェクト」

報告要旨@: 狐崎知己(専修大学)
「和平協定後のグアテマラ」

 1990 年以来、紛争犠牲者が作る諸団体や人権団体の協力を得ながらグアテマラ紛争の被害について調査を続けてきた。 96 年末に和平協定が締結されたが、ポスト・ジェノサイドという言葉の意味内容を含めて、グアテマラの「戦後」を捉える際に二つの視座が必要とされる。一つは真相究明・真実追及活動、もう一つは紛争犠牲者への支援・補償である。

 真相究明についてグアテマラでは和平協定の規定に従って国連が主体となって結成された、公的な真相究明委員会( CEH )と、カトリック教会ならびに紛争犠牲者が主体となった非公式的な真相究明活動( REMHI :「歴史的記憶の回復プロジェクト」)の二つが相互補完的な活動を行った点が注目される。公的な委員会 CEH の目的は、ジェノサイドの事実を調査・認定し、国家に対してその事実認定と責任を迫り、犠牲者の名誉回復と補償に必要な諸措置を勧告し、再発防止措置をとりまとめることにおかれる。 31 カ国のスタッフが一年間に 2 万人から聞き取りを行い、少なくとも国内 260 箇所で絶滅作戦が行使された実態を明らかにし、ジェノサイドの事実を認定するという大きな成果をあげた。しかし、国連グアテマラ派遣団( MINUGUA )の評価では、現在に至るまで犠牲者の名誉回復と補償、ならびに再発防止措置に関わる勧告はほとんどまったく履行されていない。

REMHI は紛争犠牲者の癒しとコミュニティの再編を主目的とし、ゆっくりと時間をかけた調査活動を通して、紛争被害地の住民自らが歴史的記憶を回復・維持し、恐怖体験を克服するためのさまざまな活動を続けている。

 二つの真相究明活動にもかかわらず、ジェノサイドの実態は一部が解明されたにすぎず、またグアテマラ政府・軍および反政府ゲリラに対して武器・資金・訓練・情報などを供与していた諸外国・団体の実態と責任が明らかにされていない。再発防止には国際社会の責任も含めた調査と防止措置の勧告が欠かせず、これなくしてはグアテマラの「戦後」は到来しえない。

 紛争犠牲者への支援・補償については、残された犠牲者の多くが農村地域に暮らす先住民族・女性であることから、世帯と居住地域の貧困・脆弱性に十分に配慮した補償措置がとられる必要がある。一般的には以下を組み合わせた総合的な補償・賠償措置が必要とされる。@現状回復(雇用・資産・帰還と再定住・名誉回復)、A損害賠償(物的経済的損害・道義的損害・教育機会逸失へ賠償、二次的利益の損失と名誉尊厳の毀損への賠償)、B修復(心理的精神的治療、追悼行事や真相究明報告書の普及など尊厳回復に必要な公的措置)、C矯正(再発防止措置と正義の回復)。グアテマラでは先住民族とジェンダーに十分に配慮した脆弱性緩和措置やコミュニティの和解促進に役立つプログラムなどを組み合わせる必要がある。

 これまでチマルテナンゴ、ウエウエテナンゴならびにアルタベラパスにおいて補償パイロット・プログラムが試みられてきており、アルタベラパス県については私自身担当者や村人との協議を通じて評価を試みている。

 

報告要旨B: 久松佳彰(東洋大学)
「キチェ県における小学校二言語教育プロジェクト」

 2004 年 1 月に中村雄祐・久松佳彰が実施したグアテマラ国キチェ県の小学校における二言語(スペイン語と先住民語)教育プロジェクトのフィールド観察結果を報告した。キチェ県は、虐殺を含めた内戦の被害を最も強く受けた地域の一つであり、キチェ語を喋る先住民が多く(先住民比率 83.4 % (1994) )、社会経済状況は貧困が顕著であり(貧困線以下の人口比率 81.1 % (1999) )、識字率が低い(成人識字率 46.5 % (1999) )ことが知られている。

 キチェ県の先住民地域における小学校の問題点は、グアテマラにおいては学校教育が伝統的にスペイン語で行なわれているために、キチェ語などの先住民言語のみを話す家庭から小学校に進学したときに学校環境への適応が言語によって遮られることである。このような問題に対処するために、小学生に対してキチェ語による教育を導入し、しだいにスペイン語教育を併用して学校に慣れようというのが、我々が観察した二言語教育プロジェクトの目的であった。

 グアテマラでは現在、二つのタイプの小学校が存在しており、一つは教育省の直接の傘下にある伝統的な学校であり、もう一つは、 PRONADE と呼ばれる共同体の運営に任される自主運営の学校である。一般に教師は経験が浅い先住民言語を併用した教育については抵抗感がある場合が多い。我々が観察した小学校は PRONADE タイプの小学校であり、そこでは共同体が小学校を運営しているために、二言語教育プロジェクトの実施 NGO が共同体選出の父母会に働きかけることによって円滑に二言語教育を導入していたことが観察された。二言語教育プロジェクトの実施 NGO は、共同体選出の父母会に働きかけると同時に、先生側にも実際の二言語教育の手法を指導し、さらには、生徒には教科書も提供していた。

観察を通じて、いくつかの仮説が得られた。第一に、内戦や虐殺の影響はどのようなところに見られるかについて、集団行動や学校運営に現れるのではないかと考えられる。虐殺は、住んでいる地域の構成員同士が関わったとされており、その影響は、集団行動へのインセンティブを薄めると考えられる。第二に、父母自体の学校経験が欠如もしくは薄いことが、父母の学校運営能力の弱さに寄与していると考えられる。他方、父母会への参加自体が、父母自身の学校経験になっているようにも見受けられた。第三に、 PRONADE という制度には、「教育サービス機構」という父母会の形成と運営と参加を支援する組織が設定されているが、この組織の行動が PRONADE の成功の鍵になっていると考えられる。